BlogDelKotaro

30代前半都内ベンチャー人のライフログ。基本青い。最近は経営のことが多いかも。
25歳から仕事、映画、旅、写真、二日酔いなどの独り言を雑多に残し続けてます。
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記憶に関する徒然適当メモ
この前知人と話すなか、昔の記憶がないけど病気かな、
って訊かれたのでした返答。

「病気か、もしくは振返らなかっただけじゃん」

これ、何気にずっと心に残ってて、記憶に残るか否かを決める要素って
何だろうって考えてたんだけど、こうかもなって思えたので、適当徒然メモ。

学部論文が脳のドーパミン学習機能のシミュレーションモデルだったのに
ろくすぽやってないので何も覚えてないし、大体今回も本読んで
勉強したとかでもないので、相当稚拙御免。
(どうでもいいと思うのでスルーしてください。)


1.振返りの習慣化

 記憶の生存確率を決める大きな要素はこれだと思う。
 もちろん、一度で一生忘れられない鮮烈な経験もあるかも
 知れないが、そんなの滅多にない。

 仕事だとPDCA。 
 忙しいときに不安になるのは、たぶん極端に振返りが抜けてるときで
 直近の記憶すら乏しくなってたりする。
 歳をとると記憶力が衰えるように感じるかも知れないけど
 記憶力の大小とか、年齢とか、そんなものより、
 実は、日々に感動が薄れて、振返らなくなってるだけ、
 って要因のほうががよっぽど大きいのではないか。
 基本的には記憶をするには、事象を記憶に格納するための
 定義・言語化・結論化(宿題化)が必要なのではないか。
 熱を失わないうちにそれをやらないから、消えていくのはないか。

 もちろん、体にこびりつく”経験”みたいな記憶もあるけど、
 基本的に後述とあわせて振返る習慣がないと、同じ時間を過ごしても
 残るものに差がつくのではないか、と思う。
 これは私生活も仕事も同様な気がする。

2.検知・定義

 1.とかぶるけど大体、その日を定義するキャッチフレーズを
 見つけてないんだと思う。

 記憶なんて自分次第でどうにでもコントロールできるいい加減なもので、
 極端な話すると、楽しいと思わなかった日だって、
 ばら色な記憶として後で定義して残せるような気がする。

 また、覚えてないなんて、なんでもない日、仕事ってことか。
 つまりは、記憶に残らない、もしくは記憶を残すような習慣化が
 ある人であれば記憶に残さないような時間を過ごしたに過ぎない。
 つまり努力が足りない。

3.他者共感・共有

 これはすごいキーだと思う。
 他者で記憶を担保することだってできる。
 そのためだけに人と時間を過ごすわけじゃないけど、結果的には
 記憶装置の役割を果たしてくれることが多い。

4.記録

 あらゆる媒体や知覚。
 紙でも、カメラでも音でも、人への伝言でも、痛みでも、触覚でも。

 ちなみに、記憶を呼び起こすには最小限のきっかけ情報だけで
 充分なので、記憶力には要領の良し悪しが大きく出る思う。


書いてるうちにそもそも記憶することってそんな必要なのか、
って気もしてくるけど、何を忘れたくて、何を忘れたくないかを整理して、
必要なものはやっぱり残した方がいいはず。
だって感覚や、定義のあいまいな記憶は、偶発的に思考が繋がったり
して記憶に焼きつくこともあると思うけど、9割方は消えるし。

自分にも、これを残すための工夫がいくつかあり、
このブログもそのひとつだったりする。
眠れない夜、定期的に過去の自分のブログを読んでると、
過去の自分がつけた記録と、そこから当時の潜在記憶が喚起され
存外教えられたりすることが多かったりする。
考えてもみると、ブログ書くのは1〜4まで実にバランスがいい。

紙でもいいのにデジタルの公開環境にしてるのは、
たぶんちょっとの共感・共有にも期待してるからで、
そんなこんなで、僕は今日もこのブログをつけ続けてます。

ということで、言語化しよう、振返ろう、と。


なんだったんだ、この書き込み。
精読感謝。
独り言 マジメ目 | 00:44 | comments(0)









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